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「泳ぐ宝石」 錦鯉が牽引する日本の新たな輸出戦略

日本の国魚であり「泳ぐ芸術品」と称される錦鯉。かつては国内の一部愛好家が楽しむ存在でしたが、今やその美しさは世界中の富裕層を魅了し、50カ国以上へ輸出される日本の新たな輸出の柱となっています。財務省の貿易統計によると、活魚(観賞魚)の輸出額は過去10年で約2.5倍に増加。2013年の約17億円から、2023年には約43億円に達しました。日本のオークションでは2億円を超える価格で落札される事例もあるほど、まさに「動く宝石」として高額で取引されています。この美しい錦鯉を世界へ届けるためには、新潟の養鯉業者が培ってきた知恵と、デリケートな生き物を安全に運ぶ高度な物流技術が不可欠です。今回はその全貌をご紹介します。

豪雪地帯が育んだ「泳ぐ芸術品」の歴史

山間部の棚田を利用した養殖池(野池)

錦鯉の一大産地である新潟県長岡市や小千谷市周辺は、厳しい自然と人々の知恵が育んだ土地です。豪雪地帯であるこの地では、冬場の食料確保のため、人々は食用鯉を飼育していました。ある時、突然変異で鮮やかな色彩を持つ鯉が現れたことが、食用から観賞魚へと価値を変えるきっかけとなります。品種改良を重ねることで、今日の美しい錦鯉が誕生しました。錦鯉の美しい色艶や健康な体は、雪解け水がもたらすミネラル豊富な清流によって育まれます。また、斜面の棚田を養殖池として活用するなど、厳しい自然環境の中で生まれた先人たちの知恵と探求心が、錦鯉を「泳ぐ芸術品」へと進化させ、世界へと羽ばたく礎を築きました。

錦鯉を育てる知恵と工夫

秋に行われるハウスへの移動作業(新潟錦鯉ダイレクト)

錦鯉の養殖は季節の移り変わりと密接に関わっています。春、水が温む5月から6月にかけて、ハウスで育てた稚魚を雪解け水が流れ込む山間の「野池」へ放流。自然に近い環境で半年を過ごし、大きく育った10月頃からハウスへ戻す作業を行います。このハウスに戻す時期は、世界中のバイヤーが新潟を訪れる買い付けシーズンの始まりです。10月から12月にかけて取引が活発化し、出荷のピークを迎えます。水温が高まる4月以降は輸送リスクが増すため、オフシーズンとなります。

ハウス内には、顧客から預かっている大型の錦鯉も

輸出市場では、国によって好まれる品種やサイズが異なります。欧州では迫力のある大きな成魚や個性的な「光り物」「変わり鯉」が人気です。一方、アジアでは伝統的な「御三家」(紅白、大正三色、昭和三色)が好まれ、将来の成長を見込んで幼魚を買い付ける傾向があります。養鯉場での動画撮影を行い、それを観た海外の業者からの注文を受けるなど、国境を越えた迅速な売買も日常となっています。

輸出の肝は「温度管理」と「酸素量」

多くの水槽が並ぶハウス内(星金養鯉場)

デリケートな錦鯉の輸出には、高度な専門知識と技術が求められます。輸出が決まった錦鯉は別の水槽に移され、輸送の準備がスタートします。新たに清潔な地下水をためた水槽に移し、輸送中の水質悪化を防ぐため、輸送1週間ほど前から餌止めを行います。水槽壁面やネットなどに付着している苔を食べてしまうこともあるので、水槽内の環境には気を遣うところです。錦鯉にとっては酷な状況と思いきや、2~3週間程度の餌止めでも耐えられるほどだそうです。

 

専用発泡スチロールケースも開発されている

輸送で最も重要なのが温度管理と酸素量です。錦鯉は急激な水温変化に弱いため、今回取材させていただいた新潟錦鯉ダイレクトでは、輸送中の水温を約16℃に保つよう細心の注意が払われます。仕向け地によっては日本と気温が大幅に違うところもありますので、輸送先での通関待ちの際には、冬のヨーロッパではマイナス8℃、また東南アジアでは30℃の環境にさらされる危険性もあります。その点も考慮し、水温を適切に維持するため、輸出には通年で専用の発泡スチロール容器を使用しています。錦鯉輸送専用に開発された断熱性が高く頑丈な発泡スチロール容器には、フォークリフト用のポケットや滑り止め加工が施されており、輸出の際の荷崩れや水漏れの問題を
解決しました。

色や模様だけでなく、魚体の太さも重要なポイントとなる

また、輸送中の酸欠を防ぐことも重要です。水に溶け込む酸素量(溶存酸素量)は水温が低いほど多くなるため、適切な水温管理が不可欠となります。さらに、二酸化炭素を吸収して酸素を放出する特殊な薬剤パックを梱包に入れる工夫も施されています。これらの工夫により、体長80~100cmにもなる大型の錦鯉を、専用ケースに入れ、水を含めると総重量が80〜100キロにもなる荷物を安全に運ぶことが可能になっています。

航空輸送のスケジュール 時間との闘い

成田空港の施設に到着した錦鯉

錦鯉の輸出は、まさに時間との闘いです。通常の貨物輸送とは異なり、まず航空機のスケジュールを確定させ、そこから書類手配や輸送準備など、すべてのプロセスを逆算して進めます。実際にベトナムへ輸送するスケジュールを見てみましょう。

5:00~6:00 養鯉場で輸出梱包が始まります。

6:30~7:00 複数の養鯉場から梱包された錦鯉を集荷し、一路、関越自動車道を経由して成田空港へ向かいます。

12:00頃 成田空港周辺の施設に到着。車上での輸出申告を終え、13:00頃に許可が下ります。

ベトナムの空港に到着した錦鯉

14:32 錦鯉は航空会社の上屋に搬入され、航空機への積載を待ちます。

17:48 成田空港を出発、ベトナム・ホーチミンへ向かいます。

22:19(ベトナム時間) 約6時間半のフライトでホーチミンに到着。

翌0:06 通関手続きを経て、輸入者への引き渡しが完了します。

錦鯉の輸出に必要な書類

動物運送申告書

一般的な貿易で必須のインボイスやパッキングリストに加え、錦鯉の輸出には以下の3つの特殊な書類が不可欠です。

動物運送申告書(Shipper’s Certification for Live Animals)
航空会社に提出する動物輸送に特有の書類。輸送中の動物の安全と健康状態、そして航空会社との責任分担を明確にするために必須となります。

衛生証明書(Health Certificate)
輸出先の国が求める検疫要件を満たしていることの証明書です。錦鯉の場合、コイヘルペスウイルス病(KHV)などの疾病検査結果が記載され、通関において最も重要な書類となります。

LIVE ANIMAL、注意喚起などのラベル類

 

原産地証明書(Certificate of Origin)
錦鯉が日本の伝統文化であり、その価値の証明となるため、通常添付される書類です。日本の原産であることを示すことで、信頼性を高めます。証明書の生産者の欄には、関係する複数の養鯉場の名前や連絡先が記載されます。

品物の外装には、通常の品物では見られない動物輸送特有のラベルが貼られます。

輸送の実際:陸上輸送と時間管理

トラック荷台上の錦鯉。必ず進行方向に対して90度の位置に置かれる。

錦鯉を空港へ運ぶ陸上輸送にも、専門的なノウハウが求められます。急激な温度変化や振動を避けるのは当然ですが、トラックへの積載時は、錦鯉を進行方向に対して90度横向きに置きます。これにより、魚体全体に均等な圧力がかかり、安定した輸送が可能になります。輸送全体で、日本の池から海外の池までを最大35時間以内で届ける時間との闘いです。このため、直行便での手配が大原則となります。しかし、過去には予期せぬトラブルでトランジットが発生したり、積載までに時間がかかり空港内で再梱包が必要になったりするケースもありました。こうした事態を防ぐには、日本側だけでなく、到着地側での通関や国内輸送にも精通した、専門知識と経験を持つ輸送業者の存在が不可欠です。

他方、ベトナム側も受け入れの準備が行われます。通常であれば、輸送の1週間前ほど前から日本側と綿密なコンタクトを取りつつ、事務手続に関わる書類や国内輸送用の車両手配など行われます。一連の動きが滞ることなくスムースに流れるよう、関係各所へ確認が行われます。空港到着時に様々な手続が行われますが、最終的には荷受人が用意した、他の鯉と交わらない隔離された池に移されます。そこで検体を採取され各種検査が行われた後に、最終的な輸入許可が下りる流れとなります。

日本の宝を世界へ:日新が担う役割

複雑な手続きと高度な専門性を要する錦鯉の輸出。私たち日新は、生産者や海外のバイヤーと密に連携し、安全かつ迅速に目的地へ届けるための手配を一貫して担っています。

錦鯉の輸送を手掛けるきっかけは、ベトナムにある現地法人、ベトナム日新でした。ベトナムの輸入業者とのコンタクトを機に、日本からの輸出が始まります。この輸送体制を確立するため、ベトナム日新のスタッフが新潟に長期滞在し、現場で知識と技術を自ら習得しました。この実践的な学びこそが、錦鯉輸送における私たちの貴重な財産となっています。

錦鯉の輸出は、日本の法令や輸入国の検疫要件をすべて満たさなければなりません。私たちは、通常の輸送とは異なるIATA(国際航空運送協会)の「Live Animals Regulations(LAR)」に基づき、複雑な手続きを代行するだけでなく、輸出者と輸入者の間に立つ「コーディネーター」として、安全かつスムーズな輸送をコーディネートしています。

観賞魚の中で唯一日本で生まれた錦鯉を、日本の宝として世界へ送り出す。日新は「泳ぐ宝石」がこれからも世界中で愛され続けるよう、その価値を未来へと繋ぐ役割を担ってまいります。

取材協力(文中敬称略)
株式会社錦鯉新潟ダイレクト    https://www.koi-direct.co.jp/
有限会社星金養鯉場      https://share.google/RQ91eCINRIsJdNQrZ

 

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